「何も足さない、何も引かない!」
アレ! どこかで聞いたような気がする。そうです。昔、話題になった酒造メーカーのテレビCMですね。
古墳は1700年前から集落の皆さんから親しく観(み)られています。観る人は変われど、観る事は変わりなく代々引き続き現在に至っています。地方の首長や豪族が「ヤマト政権」との関係に誇りを持ち「被葬者の想いが一杯のおらが墓です」。
それが後世の人により勝手に古墳に「手」が加えられています。葺石が不足したからと言って他地域の関連のないところから持ち寄る。「石英」を使用している場合も、少なくなったからとの理由でこれも他地域から取り寄せている。
見学しやすいように「階段」を設置する。ちなみに名古屋市の「断夫山古墳」は許可を得れば階段はないが、定められた登り口から上がる事ができます。
古墳に使用された土を畑、田んぼに使用する。また家の新築用の「土壁」に使用さえしています。築城時にお堀の石垣に石槨、石室に使用された「大きな石」を使用しています。古墳の破壊です。「あるがまま」を現在まで維持することへの難しさに「注目」したい。
「箸墓古墳」の研究では築造時に西日本を中心に「土」・「石」など、どこの地区から取り寄せてきたかが土質、石質により判っているそうです。「足らなくなった」と言って1部のみ他所から取り寄せても「質」が異なり研究の妨げにもなります。このような現象は考古学者の先生方の研究にも支障をきたすことになります。古墳の補修、保護に関心を持ちましょう。
なんたって!これからも500年、いや1000年の長い期間、後世の人たちが親しく楽しく見守っていく「おらが故郷の古墳」のためにも。
浅井 保司