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アイノカゼを待ちつつ

 

 「春は曙…」、『枕草子』の一節を思い出す時期でもある。梅から桜へ、季節の移ろいはいつものまま。でも、その風情を感じるゆとりもないのが寂しい。

 

 歴史の里しだみ古墳群に、春を告げ、幸を運ぶ「アイノカゼ」が吹くのはいつであろうか。新型コロナウイルスの影響で、ミュージアムが休館し、オープン1周年の催しも中止とか。

 

 伊勢神宮が今の地に鎮座したのは、疫病が猛威を振るったのが原因だったという。歴史的な確証はないが、今年、成立1300年を迎えた『日本書紀』にそう、記されている。伊勢神宮に祭られているのは、天皇家の祖先神・天照大神。第10代の崇神天皇の世まで、宮中に祭られていた。

ところが疫病がまん延し、民の死亡が相次ぎ、反逆も起きた。天皇の御殿で一緒に祭っているのは恐れ多いとして、大神を分離し、次の垂仁天皇の時、鎮座地を探し求め、落ち着いた先が現在の伊勢市の五十鈴川のほとり。

 

古代社会では天変地異が続き、農作物の実りが悪いのは、王の祈りが足りないか、不徳のせいとされた。神の祭事(マツリ)と世を治める政治(マツリゴト)が一体であった「祭政一致」の時代は、そう信じられていた。

 

今の世は政教分離だが、コロナウイルスへの対応策をみていると、現代の王(首長)には、不徳とは言えないまでも、自らの地位を保つための思惑が見え隠れする。ウイルスの発生源とされる、かの国の首長が大分、日にちが経ってから、発生の中心地を訪れた時、新聞は「求心力を維持するのが狙い」と論評していた。大国同士の非難の応酬も見苦しい。

 

 「夜明け前が一番暗い」は、イギリスのことわざという。困難に直面した時の人生訓ではあるが、世界にとって試練の時。「明けない夜はない」を信じたい。しかし、夜明けの兆しがまだ見えないのが不安。ひたすら終息を祈るしかないのは、もどかしく、無力感も。今、することは何か、自問自答する。                              (岡村)